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#Perl入学式の歴史 〜その2 2012年〜

皆様こんばんわ, papixです.
この記事は, Perl入学式Advent Calendarの9日目の記事となります.

前回の記事, 「Perl入学式の歴史 〜その1 2011年〜」では, Perl入学式という勉強会が立ち上がるきっかけや, その開催までの下準備の時期についてお話しました.
次は「Perl入学式の歴史 〜その2 2012年〜」ということで, いよいよPerl入学式の1年目の歴史を振り返っていきます.

Perl入学式1年目のカリキュラムは, 2012年1月からスタートしました.
現在のPerl入学式は1回4時間を年6回というカリキュラムになっていますが, 当時は何を考えていたのか, 1回3時間を年12回の予定で進めていました.
そして前回の記事で書いた通り, 当時の大阪は「補講」も開催していたので, 月2回, 年24回開催という, なんというか狂気のスケジュールになっていました.
当時, 自分が大学生(4月から大学院生)で, いくら時間に余裕があったとは言え, あまりにも厳しいスケジュールになってしまったので, これは翌年から現在の1回4時間/年6回構成に改めました.

2012年のコアスタッフは, 設立のきっかけとなった私と@nqounetさん, @azumakuniyukiさんの3人.
また, 序盤の受講者の多い時期は, @shibayu_36さんや@hisaichi5518さんなどがサポーターとして参加して下さったりもしました.
会場は, 序盤は人数が多かったので貸し会議室を使っていましたが, 中盤から人数がある程度落ち着いてきたので, 当時@nqounetさんが運営しておられたコワーキングスペースを使ったりしていました.
そのコワーキングスペースでは, 後に「Perl鍋」というイベントが開催されたりして, 結構思い出深い会場です.

当時のカリキュラムは, こちらのページから見ることができます. 大まかな流れや, 最終的なゴールは基本的に今のカリキュラムと同じですが, やはり初期ということでいろいろ粗がありました.
そういう部分は年を経るごとに修正されていって, 今の資料があるわけですね.

当時はあまり情報を残しておらず, ATNDやZusaarでのイベント登録者数がベースですが, 序盤は本講と補講あわせて1回あたり20〜25人ほどの参加者がいたようです.
これは例年のことですが, やはり回を経るごとに参加者は減っていくもので, 最終回となる11回の本講と補講では1回あたり10人前後になっていました.
この中には, 現在大阪のコアスタッフの1人である@tomcha_さんなどがいらっしゃいます.
こういう形で, Perl入学式を修了した後にコアスタッフとして運営する側, 教える側に回っていただける, というのはコアスタッフ冥利に尽きるもので, 「教えられる側が教える側になる」という良い循環を, これからも作っていけたらいいなー, と思っています.

さて, 当時の自分の個人ブログを読み返してみると, 2012年はPerl入学式の後の活動のフラグになる出来事が多かったです.
例えば2月には, 学会見学のついでに人生初のHachioji.pmに参加(会場は八王子のタイラーンナーだった... はず...)して, 当時からPerl Beginnersを主催しておられた@ytnobodyさんと, 初心者向け勉強会というテーマで情報交換をしていました.
この翌年, 2013年の4月から「Perl入学式 in 東京」がスタートするわけですが, その動きが作れたのも, @ytnobodyさんを含むHachioji.pmの方々のご厚意とご支援があったから, というのは間違いないと思います.

また, この年の夏には, 東京大学で開催されたYAPC::Asia 2012で「Perl入学式をやってみた」というタイトルで20分のトークをさせて頂いたりしました.
この発表でPerl入学式という取り組みを多くの人に知って頂けたようで, 「papixです」と名乗ると, 「ああ, あのPerl入学式の!」と言って頂けたりする事が増えたような気がします.
余談ではありますが, この年の11月, 丁度YAPC::Asiaの直後からスタートした就職活動でも, この時の発表やPerl入学式の活動は, 大きなプラスになっていました.

更に, YAPC::Asiaの後に参加したFukuoka.pmで, 「Perlを勉強したい, 勉強会が欲しい!」という感じで, Perl入学式を作る前の自分のような事を仰っていた@hakata_oyukiさんをひたすらに煽り, 「Perl入学式 in 福岡」が12月に開催されたりもしました.
当時の福岡は, 確か全3回か4回構成で, 大阪とは異なるカリキュラムを使っていました.
ただ, この流れをきっかけにして, 大阪/東京体制の構築が完了した2014年の春から, 3都市で同じカリキュラムを利用したPerl入学式を始めることができました.
@hakata_oyukiさんも, Perl入学式をきっかけに(?)Perlスキルを伸ばして, 今ではPerlエンジニアとして福岡で働いておられるそうで, 福岡でもいい流れが出来たなあ, と勝手に(?)思っています.

後は... そうですねぇ. 今の大阪のコアスタッフの1人, @bool_foolと出会ったのも2012年でした.
実は(という程の話でもないのですが), @bool_foolの兄と自分が同じ大学の同期で, 更に@bool_foolと自分も同じ大学の先輩後輩という関係で, 彼が兄の紹介で自分の研究室に遊びに来たのが最初の出会いでした.
彼の兄も非常に優秀だったのですが, 皆さんご存知の通り彼本人も非常に優秀で, いろいろときっかけを与えればメキメキと成長していって, 「すげぇ〜」と思った記憶があります.
まあ, 彼とはそういう縁があり, 翌年2013年から, コアスタッフの1人として運営に参画してもらったという次第です.
後に彼が研究室に本配属になる段階で, 自分がいた研究室とは違う研究室に進む事になり, 冗談で「破門だ〜!」とか言っていたのですが, まあ今でも関西に帰れば一緒に飲みに行く間柄ではあります.

...とまあ, 2012年のPerl入学式はこんな感じの1年でした.
今のPerl入学式の礎が, まさにこの1年に詰まっているなあ... という感じです.

次回は「Perl入学式の歴史 〜その3 2013年〜」というタイトルで, Perl入学式にとっては躍進の1年となった, 2013年を振り返っていこうと思います.
なお, 明日のアドベントカレンダーは@note103さんで, 「学んだことを使って作ったツールについて」の予定です. お楽しみに!